飯島太千雄 ≪ 著  書 ≫  

20.『書体大百科字典』

  1996年4月、雄山閣出版刊(B5、940P、28000円)

漢字の歴史は、通行の書体(篆・隷・楷・行・草)を中心に発展してきたとするのが定説だが、それは誤りである。紀元前1300年頃の殷代に、既に用途に合わせた書体の分化が始まり、それが甲骨文であり金文だとするのが、飯島の所論である。
これら通行書体以外の書体を雑体書と呼ぶ。雑体書は六朝時代に極盛し、百書体にまで及んだ。雑体書は唐代までは盛行し、空海はそれを活用して、密教を書表現化した。日本でも中国でも、これまで雑体書に着目、研究する者は皆無に等しかった。

飯島は、1978年の『墨美』283号の最初の雑体書研究発表の以降、資料収集に励み、18年を要し、ついに140余の書体を集め得たので、公刊した。
それが本書『書体大百科字典』である。日・中の資料600余点から60000字を博探、うち半数を影印した。雑体書というのは、漢字がその始源から持つ造形性(象形)を発展せしめたものであるから、最も表現性・意匠性に秀れた書体で、21世紀以降の現代書やデザインにとって創造の源泉たるものである。

制作/書玄


[推薦の言葉]
咲き誇る文字の大樹 <デザイナー 杉浦康平>
 ページを繰るごとに、踊りだし飛出してくる文字たちの自在なふるまい。墨一色のはずなのに、さまざまなスペクトルを発し色づいてみえる、文字たちの多彩な動きに驚かされる。
 造形の妙をみせる金文や、書き手の個性を反映した碑石文字には見なれた字形が多いのだが、目をみはらされたのは、三百余点が収録されたという扁額の肉太の文字の面白さである。ときに居丈高に、ときにユーモラスに字画の端末を整えて、筆勢豊かに書きおろす書文字とは別世界の物語を紡ぎだす。空海の入魂の飛白体を「気」の発露だとみるならば、扁額文字には浄瑠璃語りのうなりに似た、粋な「渋み」が詰っている。
 奇想の域に足(手?)を踏みいれた鳥虫書や雑体書をも数多く加え、賑やかに咲き誇る文字の大樹。手元に置いて眺めるだけで、文字の世界の香に、その芳醇なるイメージに酔いしれることになるだろう。



歴史に残る仕事 <白扇書道会会長 種谷扇舟>
 収載一覧を見せて頂いて、こんなにも沢山の文字、書体があるのかと、是非この本物を見たいものと胸が躍ってきた。
 金文、磚、飛白、鳥虫書、雑体書、名称不詳のものまであつめた書体巨大百科字典である。中国の篆額、墓誌、蓋、等百余点も珍しい。日本のものも平生見ることもできぬものをよくもこんなに集めたものと驚く。
 楽しく、面白く拝見できて、デザイン、看板、表紙などに役立つし、書の専門家の創造力を高めてくれる。特に空海の「飛白十如是」「篆隷万象名羲」には感動した。また、編集がすばらしく、各書体の特長を生かして大小、太細、豊富な内容を実に品よく、美しい余白で、見易く陳列されている。一頁が見事な作品だ。実に分かりよく鑑賞し易い。
 これは歴史に残る仕事です。友人にも学生にもすすめたい。

自己の霊性と出会う場 <美術家 横尾忠則>
 ひとつの漢字の書体が驚くほど多様な性格と造形を表していることにまず感動すら覚える。漢字は人と同じようにこんなに沢山の性質をもっていたのだ。
 言葉には言霊があるというが、漢字にも言霊があるのではないかと、様々に表現された漢字を見ているとそんな気がしてくる。漢字の原形が自然の事物の形態から発生しているが、それはきっと自然の中に有する霊を文字の中に移行させるためだったかも知れない。
 というのも書体をジッと見つめているだけでその意味や内容が自然に伝わってくるような気がするからだ。自然神があるように漢字神があるからなのかも知れないと思う。
 言葉の背後に神が宿るように漢字の背後に神が宿るとすれば、私たちはもっともっと漢字に慣れ親しむ必要がある。この『書体大百科字典』は便利がいいだけではなく、自己の霊性と出会う場にもなろうか。



示唆の字典 <日本刻字協会会長 渡邊寒鴎>
 空前の書道隆盛、各種の書体字典が百花繚乱、夫々特色をもち夫々の用途が考えられる。
「墨美」誌で空海書蹟新発見などで知られる飯島太千雄先生のこの字典は、特に日本古代の書体への執着が顕著で、単に字型のバラエティと言うだけでなく、素朴な祈りや、一種呪術の籠っているように思える奇怪な文字の種々相があって、異様にも思えるこの装飾性を見ているだけでも、日本上古の人達の想念が興味深い。
 刻字に取組む私に取って、これらの文字を使った古代の寺社の扁額の文字が、見る人の立つ位置を意識して、いかにして懐抱を大きく見せ、神仏の偉大さを表現しようとしたかは大きな問題なのだ。大会場における書表現に、それは一つの示唆を与えて止まない。
 いわば現代書への一書、座右に置きたい。


奇跡の実現 <昭和女子大学特任教授 宗左近>
 中国と日本の漢字のあらゆる書体約六万点を収集、選録した、この『書体大百科字典』。これは、そのまま大博物館、いや大芸術館。すごいなあと驚嘆します。
 表意文字である漢字は単なる記号として生まれたものではありません。自然の背後にある超越者(創造主)と人間との、生死を賭けた深刻で長期にわたる親愛と闘争、それの結実です。そこには、宇宙が発光しています。
 したがって、漢字その物が祭器です。それは、ある部族の理念の統一者、大司教が集約した宗教の道具です。普遍を特殊が合体した祈りの造形です。すなわち、真実の芸術です。平たくても立体です。
 一滴の霧が宇宙を宿します。一個の漢字は、つまり書は、宇宙を宿します。
そうであるからには、この『書体大百科字典』は、じつに、一大宇宙博物館にほかなりません。奇跡の実現。喜び、これにまさるものは、ありません。



異系の書体に焦点 <書評論家 田宮文平>
 従来、書体字典といえば、名碑名帖からエッセンスを切りとって作成したものがほとんどである。その点、飯島太千雄氏編纂の『書体大百科字典』はまるで風景が異なる。組見本を見て、あっと驚くことは金文、飛白書、雑体書が活き活きと躍動していることである。これほど異系の書に大胆に焦点をあわせた書体字典はかつてない。
 かねて、飯島氏の空海の雑体書の研究には注目してきたが、今回、それが書史を俯瞰するかたちでまとめられたのが、『書体大百科字典』であろう。ここに収められたものは、まさに文字精霊である。そのエネルギーは、これからの書表現に少なからぬ影響を与えるのではないか。また、画家やデザイナーの手元にも是非、置いてもらいたい書体字典である。

ドラマを生む字典 <多摩美術大学講師 田村空谷>
 日中の収載文献680余点、60,000字を収集し、精選収録。あらゆる書体を網羅した一大集成。なかでも明記された雑体書とそのヴァリエイションは六朝時代の百体を遥かにしのぐものであり、空海「篆隷万象名羲」など日中を問うことなく、稀観文献が収録されている。
 戦後書道の発展には、多くの碑版法帖・古筆などの影印本・字典など刊行物の力は多大である。
 二十一世紀に向かって、新しい書を目指す書家にとって本書の貢献するところは言うに及ばず、文字を素材とする分野――グラフィック・デザイン、タイポグラフィー、メディア・アートなど――多くの人々に欠くことのできないドラマチックなそして芸術性豊かな字典といえる。その編纂を高く評価し、座右の友としてお薦めしたい。



刺激多い、役立つ書体字典 <書家 江口草玄>
 書くときはいっさいの他を排除して自分にとじこもるが、書きなずみ、書きあぐねたとき『草露貫珠・草書大字典』などをひろげて、わたしは昔の人の文字の形態にあらわれた人間の心理を読み、どう表現したかという事実を見定めようとする。そこに見せている細かい所作に感動し、文字の生きた姿に見入る。このようにすぐさま益するのも、手もとに書体字典が置かれているからである。
 このたびの雄山閣刊行、飯島太千雄氏編纂『書体大百科字典』は、金文、碑、飛白をはじめとして、これまで目にしたことのない日本の扁額三百余点からも集録するので、墨彩また鮮にして、まことに刺激多い、見る人の心おのずから動いて心慕追手、これこそ役に立つ、稀観の書体大字典だと言える。一冊ぜひ座右に加えたい。


推薦者――江口大象・大平山濤・小川瓦木・千代倉桜舟・戸田提山・岸本太郎・成瀬映山・比田井南谷・武士桑風